2013年2月25日月曜日

安倍首相訪米直後のTPP情勢―最悪のシナリオを前に私たちができること

  222日(日本時間)、安倍首相とオバマ大統領の会談が行なわれ、日本のTPP参加問題は重要なテーマの一つとなった。会談後、TPPに関する共同声明なるものが出され、安倍首相は、懸案だった「聖域なき関税」についての「感触」について、「十分な感触を得た」、つまり日本にとっては米などのセンシティブ品目について例外化できる可能性がある、と述べた。

 そもそも安倍首相の訪米前から、交渉参加への道筋は着々とつくられていた。もちろん、自民党内部での反対派は急激に増えていたし、何よりも民主党と比べ相対的にTPPに慎重という姿勢で先の選挙に勝った自民党が、7月の参院選より前に交渉参加を表明することはほぼできないだろう、と多くの人が思っていた。そして自民党内の動きや選挙への影響そのものは、何も変わっていない。

 しかし、訪米前から推進派の動きは加速し、それに通じていた朝日新聞を代表とするマスメディアの多くは、一般市民の持つ「TPP反対」の空気を中和させ、いかにTPP参加は規定路線ということをインプットするかに腐心した。かなりのミスリード記事もあり、それだけを追っていると首脳会談時にあっさりと交渉参加を宣言すると思ってしまうほどの勢いであった。

 そして225日、帰国した安倍首相は自民党内の幹部と会合を持ち、米国で得た「感触」を説明し、党内調整に入ることになっている。またその後、最大の反対業界団体である全中(JA)とも会合を持つ。ここで、政府と全中との間である種の「手打ち」がなされるのか、それとも日本の農業全体の利益のために同団体が踏ん張り、「何が何でもTPP交渉への参加に反対。もし参加するなどということになれば、次期選挙では自民党に一切の協力をしないどころか、完全に敵対してたたかいに挑む」という程度まで強い主張ができるかにかかっている。

 残念ながら、後者の可能性は低い。何ともくやしいが、現実である。
 ここでは、最悪のシナリオに備えて、運動ができる今後の展開について考えたい。

  まずは、私たちの怒りと失望の声を、改めて安倍首相と政府に訴え、参加表明反対をアピールする必要がある。自民党は公約を守れ、と各議員に訴えかけよう。3月5日にはこれまでもやってきた「STOP TPP!!官邸前アクション」の日でもある。ここにすべての力をあわせて集まり、みなで交渉参加反対を訴えるよう、改めて呼びかけたい。

 
 
 その上で、あくまで仮定の、しかも決して望まざるシナリオとしていくつかのことを述べたい。
 仮に交渉参加が2月末あるいは3月の早いうちになされたと想定する。もちろんそれがただちに日本の交渉参加ということにはならない。米国、カナダ、オーストラリアなど他国の承認手続きが必要だからだ。もっとも米国は日本の参加を歓迎する立場であるため、3か月の議会ルールという時期的なハードルはあるものの承認自体が通る可能性は高い。しかしカナダやオーストラリアに関しては、基本的には、自国から他国への輸出には関税を撤廃させ、しかし自国の不利益になる品目や分野に関しては例外を設けるなどの身勝手なダブルスタンダードを相当に警戒している。日本が入ることによる交渉全体のインパクトは細かく想定していくべきだが、まずこれらの国は、米国のそれと同様に、「日本に例外となる品目を認めさせること」については否定する立場をとるはずだ。

 さらにUSTR自身の見解と、今回の「例外」問題については若干の温度差があることも指摘しておきたい。いうまでもなく、USTR自身のスタンスは、TPPはあらゆる関税の撤廃が前提条件、という姿勢を崩していない。安倍・オバマ会談で安倍首相が得た「感触」は、仮にオバマが受け入れたとしても、USTRの姿勢とは異なる。言い換えれば、安倍首相がオバマに「だまされた」か、あるいはそもそも例外など認められることは難しいと知った上で安倍首相が日本の国民を「だました」かのどちらかといえる。

 この段階では、TPP参加交渉表明をした、という前提で考えることにはかなりの抵抗があるが、しかし想定はしておかなければならない。
 まず確認したいのは、TPPには3つの側面があるということだ。

 1.参加国の人びとの暮らし全体への負の影響
 農業、漁業、地域経済、医療、雇用・・・とあげればきりがなく、またこれらはすでに反対運動の中で十分な危険性が指摘されてきた。まさに国や社会の形そのものへ大企業による支配・攻撃といってもいい。重要なのは、「参加国の人びと」というのは日本の私たちだけでないということだ。

 2.日本における軍事化・米国との一体化、民主主義の崩壊
 安倍首相は訪米時に、CSISでわざわざ講演を行った。CSISとはアーミテージなど米国の保守・右派のシンクタンクとして有名だが、すでに同団体は「アジアの安全保障のために日本の原発は保持すべき。TPPにも参加すべき」との方針を明確に出し、アーミテージ・ナイレポートにおいて発表、日本につきつけている。今回の講演のタイトルは、「Japan is Back」つまり「日本は帰ってきた」というものだった。どこへ帰るのか。米国の元である。厳密にいえば、「米国の配下」に帰ってくるということだ。民主党政権時代との差異を際立たせたい自民党政権は、この間、より鮮明に日米同盟の強化を主張してきた。米国にとってそれがどこまでアピールされているのかは実は自民党が思っているほど強くない、一方的なラブコールであると私は見ているが、いずれにしても今回TPP交渉への参加という決断をすれば、日米の距離はさらに近づく。別の言い方をすれば、米国に従属するということは、「自分たちでは決められない、決めることをしない」ということだから、日本における民主主義は、今よりもさらにさらに何歩も後退していくことにある。あわせていえば、このことが中国に対しどう映るのか、ということも考えておかねばならない。

 3.世界における自由貿易のさらなる推進
 国内では、反対運動の中でさえ、「日本の参加の是非」「日本の人びとの産業や暮らしが脅かされる」という観点が強く、それがグローバル経済の中でどのような意味を持つのか、という議論が弱い。日本がTPP交渉に参加するということは、レーガン・サッチャー時代の1980年代にはじまる新自由主義路線の経済、自由貿易を基本とする世界の市場化がさらに一歩深化していくという意味を持つ。小泉構造改革の比ではない、すさまじい暴力的な市場経済の嵐の中に、自らだけでなく、他国を引き連れる形で放り投げるという暴挙の道を、日本政府は選択したことになる。

 これらの側面を踏まえながら、運動に何ができるのかを考えてみたい。
 いずれにしても一朝一夕では何も変わらない、そこまで深刻な事態となっているという事実を受け止めながら考えていくしかない。

 まず、TPP交渉という点に限定して、日本の参加表明後に私たちができることは何か。
 先に述べたように、正式な交渉参加までには時間と手続きを要する。
 重要なのは、「TPP交渉自体を破棄させる」という行為だ。

 これまで日本の反対運動は、国際的な反TPP運動の中では、「まだ交渉参加していない国」としてネットワークをしてきたが、これからは「参加国の反対勢力」へと変わる。そこでできることは、TPP自体を無きものにすることだ。交渉の現場で何が話されているのか、どんな取引が行なわれているのか、そしてTPP自体がいかに私たちの生活を破壊する内容を持つものか、秘密裡に行なわれる交渉内容を暴き、すべての人の目にさらすことで消滅させていく戦略が必要だ。これらはすでに米国、ニュージーランドなどの反対勢力によって日々努力がなされているが、日本の私たちもそこに加わる必要がある。

 また国内における交渉官への情報公開請求や市民社会からの要請も必要だ。私たちは民主党政権時代の担当部署である内閣府国家戦略室に対し、TPPに関する情報公開や市民との対話の場づくりを要請し、実現もしてきた。しかしこれからはよりハイレベルの担当官への働きかけが必要となる。

 日本のTPP交渉参加によって、私がもっとも懸念するのは、各業界・各分野の反対勢力の分裂だ。分裂という強い言葉ほどでないにしても、今まではすべての分野が横断的に「反対」で一致してきたが、交渉参加国となった瞬間に、自らの業界や分野の利害や関心事項をいかに交渉の中で優位な条件を獲得するかに注意が行き、ともすればそのためには他分野・業界の利害を「引き換え」にしてもいい、という原理が働いてしまう。例えば、JAは農業分野・農業者の利害を守るため、TPP交渉参加国としてテーブルにつく交渉官に、強く米の関税保護を求めるなどをしていくだろう。その際に、例えば他分野(環境、労働だったり遺伝子組み換えの表示問題だったり)を譲歩することでその目標が獲得できるのであれば、利害関係者としては当然、そうしてほしい、と望むだろう。交渉とはそういうものだからだ。このようにして分断されていくことで、一見、自らに優位な条件が引き出せたと感じても、実は最終的にはすべての人々が同等に不利益を被る、というのがTPPの最大の特徴だ。なぜならば、そのカヴァーする領域はあまりにも広く、ISD条項なども含めて、最終的には経済的のみならず政治的に「強い国の強い企業」が勝つことになるからだ。

 そう考えると、改めて、私たちは個別の利害や関心領域での獲得目標を超えて、TPP全体のもつ危険性や不正義な本質に反対する運動を立ち上げていかなければいけない。具体的には、すでにある「STOP TPP!!市民アクション」などにおいて、進む交渉の分野ごとの内容や懸念事項などを常に共有し、各方面から、しかし総合的に政府に働きかけていくような動きが必要だ。

 もう一つの懸念は、いったん「交渉に参加」となれば、これまで必死に盛り上げてきた反対運動や、「TPPって何だろう」という関心を持ち始めた人たちの意識が収束していくことだ。「『交渉参加』はすなわち『TPPが妥結して動き出す』こととは違う」といわれても、多くの人は細かいプロセスや動きについて十分に知ることはできないため意味もわからないだろう。一般市民への周知や、関心を持続してもってもらうため、また反対運動自体を持続的なものにしていくため、新たな動き方やしかけを組んでいかなければならない。
 運動の力もためされている。さらに大きな結集を呼びかけたい。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2013年2月19日火曜日

安倍首相訪米前に「参加表明Xデー」の懸念再び―あわてず、しかし情勢をしっかり見極めよう


 安倍首相の訪米が3日後に迫った。

 オバマ大統領との会談は222日の予定だが、いずれにしても政府、与野党国会議員のTPP参加に向けての攻防も激化している。

TPP推進・超党派議連をけん引する3人
 自民党内推進派の動きについては、すでに前回ブログでも述べたが、川口順子元外相と中村博彦元総務政務官がけん引して、自民党内でTPP交渉参加を推進する集団の組織化が行なわれている。213日に行なわれた勉強会には、小泉進次郎ら含む約30人の自民党議員が参加した。また、推進の動きは野党にも広がっている。218日、「TPP推進の超党派議連設立」というニュースが飛び込んできた。民主党と日本維新の会、みんなの党の有志議員がTPP交渉参加を求める超党派議員連盟の設立を計画しているという。民主党といえば、最終的に「新自由主義まっしぐら」の政党となった。TPP推進もこの路線をさらに突き進むという意味では驚きもしないが、やはり本質はネオリベ政党である日本維新、みんなの党とあからさまに組む、という意味では末期的症状といっていい。この議連は、野党各党議員に参加を呼びかけるが、みんなの党の浅尾慶一郎政調会長が主導し、民主党の枝野幸男前経済産業相や日本維新国会議員団の中田宏政調会長代理らも呼び掛け人となっている。もちろん、民主党内には篠原孝議員や大河原雅子議員など、これまでも強くTPP反対を訴え、市民とも共闘してきた勢力もわずかながら残っている。しかしこれらの声を無視して、党として「TPP参加推進」を突っ走る民主党は、民意を反映してもいなければ党の体をなしていない。

 そして今回も、マスメディアがまたしても一斉に「訪米時に参加表明を」と書き立て、「参加への拒否感を薄めよう」と躍起になっている。朝日、毎日と訪米前のタイミングで続けて「決断のとき」「参加表明を」「参加決断しても首相は自民党内の調整可能」などと書く。参加するかしないか、はあくまでも「ムード」「やれる感じ」「勝てる直観」という感覚的なレベルの視点からのみ語られ、TPP参加の際のデメリットについての数値や根拠は紹介されない。まさに自民党が先の選挙で「大勝」した際に使った「しっかりした感じ」がまたしてもつくられ空気のようにばらまかれているのだ。

 私は、菅直人首相(当時)がTPPという言葉を初めて開陳した201010月時点でのマスメディアの状況をはっきりと思い出す。誰もその言葉を知らず、本質的な意味もカヴァーする領域の広さについても認識しないまま、「平成の開国」「アジアの成長を取り込む」という呪文ばかりをマスメディアは書き、一気にTPP参加ムードが醸成された。あのときと今回もまったく同じである。

 客観的には、状況は変わっている。

 まずは2010年秋時点よりも、TPPの持つ危険性、その意味について多くの人が理解をした。NAFTAの事例、韓米FTAなど海外の経験から学ぶことや、地域での数々の学習会、各専門分野の運動体が学び情報を持ち寄ったことで、その蓄積は圧倒的に豊かなものとなった。逆に、推進している側の根拠は当時とさほど変わらず、「国益」「経済成長」という抽象的な言葉が躍るばかりで、いったい誰の、何のメリットなのか、という点について詳細な情報公開もないままだ。

 全国の自治体の約8割が、TPP反対(もしくは慎重)の決議を次々とあげた。現在の国会の構成でみても、自民党議員(衆参合わせて)の過半数は反対の意思表示をしている。そして反対運動も、農業団体、医療、労働、環境、などのテーマに広がり大きな存在感も出すまでにいたった。さらにいえば、それでも国民の多くは「わからない」という感覚を持っているといえる。

 こうした根拠から考えても、このタイミングで「参加表明」に舵を切ることは、民主主義への冒涜に他ならないし、もっとアホな言い方をすればまさに、単に、「空気読んでねーなー」ということになる。

 しかし問題は、政府は確かに「誰かの、どこかの、空気を読んでいる」ということだ。財界、米国、その他その他の利害関係者である。マスメディアはそれらの配下に成り下がっているだけの話で、物事は実は超シンプルでもある。

 私自身は、実は、訪米直後のタイミングでの「参加表明」の可能性はそれなりに高いのではないか、と感じている。いまは情報分析やまさかの時の運動としての対応を少しずつ思い描かざるを得ない。もちろん「参院選まではTPP参加表明はできない」という縛りが自民党政権にはかけられてはいるが、何にせよそれまで100%参加表明はないという根拠はない。こうした時期だからこそ、マスメディアの報道に一喜一憂せずに、冷静に、しかし周到に、できる限りのことをして食い止めなければいけないと強く思う。

2013年2月10日日曜日

動き始めた自民党TPP推進派


 1月末の国会開会以後、安倍首相の訪米が221日に決まった。その動きに呼応するように、TPPをめぐる自民党内、その他議員の動き、推進派の動きも少しずつ見えてくるようになった。

 すでに指摘したように、財界は選挙結果や自民党のTPP政策などとはまったく無関係に、一貫してTPP参加を求めている。

 自民党内には「TPP参加の即時撤回を求める会」という組織が選挙前からあり、選挙後、大きくその数を増やしている。27日には会合を開き、業界団体などからの意見聴取を行ったほか、議員から参加反対の意見が次々と出たようだ。メンバー数も衆参合わせて233名となり、全自民党議員の過半数を軽く超えている。

 一方、これに対して、党内の「TPP(=自由貿易)推進派」がいよいよ動きだした。日経新聞によると、「TPP賛成派の勉強会が213日、政権交代後の初会合を開く」という。同紙によれば、先の衆院選で初当選した新人議員らの参加を募り、TPP推進の立場から意見交換をし、安倍首相が交渉参加に踏み出しやすくなるような環境を整える、という目的だという。


2011年10月、「両立に関する研究会」中間報告を記者発表する川口順子氏
 報道によれば、この会の名称は明らかにされておらず、「川口順子元外相と中村博彦元総務政務官が共同代表を務める」とだけ書かれている。実は、この2人が呼びかけ人となり、2011年、「貿易自由化と農林水産業振興の両立に関する研究会」(以下、両立に関する研究会)という自民党議員中心の議員連盟が設立されている。当時は自民党は「野党」だったため、大きく注目されなかったが、継続的な活動を行い、20111027日には「中間報告」※を出している。同会はTPPへの参加と農業の振興は両立することが可能だと主張し、アジア・太平洋地域の経済成長によって日本経済を活性化できるとして、「決して日本に不利なものではない」「交渉参加を真剣に検討すべきだ」と結論づけている。

 自民党内のTPP反対派である「即時撤回を求める会」事務局長の山田としお参議院議員は、同じ党内の賛成派である「両立に関する研究会」について、菅首相がTPPについて言及した2か月後の201012月、次のように述べている。

「『貿易自由化と農林水産業振興の両立に関する研究会』の動きですが、これでは、自分を支えるべき民主党内から反対が出てアップアップ状態の菅総理に塩を送るようなものです。もちろん、製造業等の関係者から『貿易促進とデフレ脱却のためにTPPが必要だ』との声もありますが、それが内容の全く分からないTPPへの参加なのかどうか、円高や金融調整や思い切った財政刺激策なのかどうか、多層的な論議が必要なのに、それをしないで農業に責任を転嫁してしまっているのはおかしいことです。」(同議員のメルマガより)

 つまり、2010年秋の時点から、自民党内では「TPP賛成・反対」の対立は潜在的にあったが、野党時代はその対立自体が意味を持たなかった。しかし今回の選挙後に与党になったことで、その対立は必然的に際立ち、20132月の時点でより鮮明になってきたというわけだ。

 同会についての詳しい調査・分析は私自身、進めているが、とにかく民意を反映したTPP反対・慎重という姿勢に対し、一方的な「推進」をはかろうとするこれらの動きに対して、私たちはさらに監視して いかなければならない。