2013年4月21日日曜日

TPPで日本はどこまで「奪われる」のか?―「日米事前協議」の今後を「USTR貿易障壁報告書」から読み解く


「秘密」と「ごまかし」に包まれたTPP日米事前協議については、すでに発信した。このままでは、「何が本当に決まったのか」「これから何が起こるのか」、私たちにはまったく知らされないまま、日本がTPP交渉に参加してしまう危険性がある。事前協議の段階で、すでに何の国益も守れていないどころか、日本は自動車や保険、非関税措置などについての内容を米国に差し出していることは明らかになった。USTRの発表文書には、これら日本の譲歩内容について「日本が『一方的に』表明した」と書かれている。これを私は屈辱と怒りを持って改めて読む。

 さて「自動車」「保険」などの個別具体的な項目については、米国の発表ではかなり詳細な合意内容が書かれている。非関税措置についても、日本は「保険」「透明性/貿易円滑化」「投資」「規格・基準」「衛生植物検疫措置」5つの項目だけだが、米国側はこの5つに、「知的財産権」「政府調達」「競争政策」「急送便」の4つを加えた9項目を挙げている。米国側はより明確に9項目を今後の二国間交渉のテーブルに乗せる、としているのだ。

 そしてすでに述べたように、米国側は「今後も非関税措置については交渉項目が増える可能性がある」と言及している。

 この間、このことについていくつかの質問を受けた。
「挙げられた9項目以外に、どんなものが対象となるのか?」という問いだ。

 ある根拠をもって、これに答えることができる。
 今回はこのことをできるだけ多くの人に知ってもらいたい。

「USTR外国貿易障壁報告書2013」
 米国代表通商部(USTR)は、「外国貿易障壁報告書」(National Trade Estimate Report on Foreign Trade Barriers:通称「NTEレポート」:注1)という文書を毎年3月末にリリースする。USTR1974年の米国通商法(The 1974 Trade Act)に従い、大統領と上院財政委員会、そして下院のしかるべき委員会に対して、外国の貿易障壁に関する報告書を提出する義務を負っている。報告書には、米国のモノ、サービスの輸出、米国民による直接投資及び知的財産権の保護に影響を与える「外国の貿易障壁」が取り上げられる。

 平たくいえば、「米国の貿易の邪魔をしている世界各国の国内法や制度、慣行」集だと思えばよい。400ページにも及ぶ膨大な報告書であり、2013年度は世界61か国の「貿易障壁」が挙げられている

 最初に押えておきたいことは、この61か国の中でも、「日本」と「中国」の貿易障壁については圧倒的に分量が多い。割かれているページ数はどの国も平均して58ページであり、少ない国は2ページほどしかない。

 しかし中国は41ページと際立って多く、次いで日本が16ページとなっている。つまり米国の貿易にとって「やっかいな国」は中国と日本なのだ。当然、この両国が挙げられる理由は、世界経済トップクラスの国であるからでもある。経済規模が小さい国の「貿易障壁」を一生懸命に取り除いたところで、結果的に輸出や投資ができる規模が小さければ、米国にとって意味がないからだ。

 さて「日本の貿易障壁」についてである。

 すでに外務省は、2013年度の「外国貿易障壁報告書」の日本についての項目を日本語に仮訳しウェブサイトに掲載している(注2)。
 

基本的に、ここで挙げられたおびただしい数の項目は、米国にとっては「取り除きたい」日本の国内規制や法律、慣行だ。列挙してみよう。項目だけではわかりにくい内容もあるが、上記の日本語仮訳にある程度内容が示されているのでそちらを参照されたい。

1 輸入政策
 (1) 牛肉輸入制度
 (2) コメ輸入制度
 (3) 小麦輸入制度
 (4) 豚肉輸入制度
 (5) 牛肉セーフガード
 (6) 水産品
 (7) 牛肉,かんきつ類,乳製品,加工食品への高関税
 (8) 木材及び建築資材
 (9) 皮革製品・靴
 (10) 税関問題★

2 サービス障壁
 (1) 日本郵政★
 (2) 保険★
   ア かんぽ生命
   イ 外国保険会社の現地法人化
   ウ 共済
   エ 保険契約者保護機構(PPC
   オ 保険の銀行窓口販売
 (3) 他の金融サービス
 (5) 電気通信 
   ※日本政府仮訳では(4)が抜けているので仮訳原文ママ(5)とする
   ア 固定回線相互接続
   イ 支配的事業者規制
   ウ ユニバーサルサービス
   エ モバイルターミネーション(携帯電話接続)
   オ 新しい移動体無線免許
 (6) 情報技術(IT)
   ア クラウドコンピューティング
   イ 医療IT
   ウ プライバシー
    IT及び電子商取引
   オ 海外からのオンライン・コンテンツの消費税
 (7) 司法サービス
 (8) 教育サービス

3 知的財産保護★

4 政府調達★
 (1) 建設,建築及び土木工事
 (2) 情報通信(IT)の調達

5 投資障壁★

6 反競争的慣行★
 (1) 独占禁止の遵守及び抑止の向上
 (2) 公正取引委員会の手続的公正と透明性の向上
 (3) 談合撲滅のための手段拡充

7 その他分野及び分野横断事項の障壁
 (1) 透明性★
   ア 諮問機関
   イ パブリックコメント
   ウ 規制と規制執行の透明性
 (2) 商法 
 (3) 自動車関連★
 (4) 医療機器及び医薬品
 (5) 栄養補助食品
 (6) 化粧品及び医薬部外品
 (7) 食品及び栄養機能食品の成分開示要求
 (8) 航空宇宙
 (9) ビジネス航空
 (10) 民間航空
 (11) 運輸及び港湾


繰り返しいうが、これらはすべて、「米国が、米国にとって障壁になると指摘する日本の法律・制度・慣行」だ。ここに挙げられた項目は、これまで何度も繰り返し、「障壁」とされ取り除くよう圧力をかけられてきた。ここまでの数を挙げられれば、まるで「お前の国は保護主義で規制だらけ。ありとあらゆるものが、米国の利益にまったく寄与していない」といわれているようなものだ。
そもそも、なぜ米国は他国の社会・経済・文化的な背景からつくられた法律や制度を、「障壁」などという権利があるのか、根本的に疑問だ。一つ一つの項目の文面を読んでいくと、なぜここまで米国に「問題だ」といわれなければならないのか、怒りがわいてくる。それほどにまで、この報告書は米国からの一方通告なのである。もちろん、人に指摘をされて気づく、ということは一般社会でもあるので、もし私たちが主権者として総合的に検討した上で「こうした法や規制はやはりない方がいい」と思えば、変更することはあり得るだろう。しかし、米国による、自由貿易のさらなる推進のための、しかも米国の利益を守るためにこれら規制緩和が行なわれるのだとしたら、それは主権の侵害であり、日本政府自らが国内的な議論も経ずにその要求を受け入れるのであれば、主権の放棄といわざるを得ない。

重大なことは、TPP事前協議で挙げられた項目はほぼすべてこの「貿易障壁報告書」に載っているということだ。事前協議で挙げられた9項目には★印をつけたので参照されたい。事前協議でまだ挙げられていない項目はそれ以外のすべてだ。当然、米国は今後も次々とそれら項目の中から非関税措置などの二国間協議にて「この障壁を取り除け」と要求してくる可能性は高く、とても9項目で済むどころの話ではないのは、誰の目から見ても明らかだ。

おそらく日本政府は、「仮に米国が次々と非関税措置の二国間交渉を持ちかけてきても、日本政府がすべてを丸のみするわけではない」と反論するだろう。しかし、すでに起こっている「事実」として、TPP事前協議において、何としてでもTPP交渉に参加したいと焦る日本政府は、米国の要求をいくつも「丸のみ」した。「次からは大丈夫」という言葉は、まったく信用できない。

さらに最も重要なのは、今後、TPP交渉と並行してこの二国間事前協議が進むということだ。TPP事前協議では、「二国間協議はTPP交渉が終わるまでに済ませる」とされている。現段階で、米国はTPP交渉の妥結を、日本の参加の有無にかかわらず遅くとも2013年中ということを目指している。つまり、そのゴールに合わせて、今後ここで挙げたような領域での日本との非関税措置交渉を急ピッチで進めていく危険性があるということだ。

事前協議で設定された、この「TPP交渉と二国間協議」の二本立ての交渉ラインというのは、まさに米国による「罠」であると私は考えている。言い換えれば、日本は「TPP本交渉とセットで、米国が長年指摘してきた『貿易障壁』を片づけないとダメだ」と確約させられたのだ。

 TPP交渉の実態は、「秘密」と「嘘」に塗り固められている。しかし例えば今回取り上げたように「貿易障壁報告書」などすでに出されている情報をもとに、TPPは不正・不平等であり、主権を脅かす危機そのものだということが、「誰にとっても明らかな事実」として伝えることは可能だ。私たちにできることは、参加表明撤回と、TPPそのものを葬り去るために、さらに多くの秘密と嘘を暴露し続けることだ。
 
 
 

 

2013年4月17日水曜日

TPP日米事前協議を検証する 【続報】―日米の認識のギャップには「関与しない」という日本政府


 2013415日、本ブログにて、TPP事前協議の合意として、日本政府と米国政府がそれぞれリリースした文書内容について掲載した(注1)。その主旨は、双方の政府が「合意をした」とされる内容の発表が、あまりにもかけ離れているという点だ。ちょっとした誤解や解釈の違いではすまされない、大きな認識のギャップがそこにはあった。

 記事掲載後にも、私には疑問が残った。日本政府が出した「日米協議の合意の概要」(注2)にである。内閣官房のウェブサイトには、この「概要」が掲載されている。しかしそれは「概要」であって、では詳細な中身が書かれた「本文」はどこにあるのか?という疑問である。

 いくつかの手段で調べた結果、驚くべき事実がわかった。

 内閣官房によれば、「日本政府が公式だとする『合意文書』そのものは、①「日米間の協議結果の確認に関する往復書簡(仮訳)」(注3)(在米日本大使の佐々江氏と、USTRのマランティス代表代行の間で取り交わされた書簡1通ずつである)と、②「自動車貿易TOR(仮訳)」(注4)というのだ。いずれも内閣官房のウェブサイトに掲載されている文書ではある。

 私ははじめ、何のことだかさっぱりわからなかった。

 そのような書簡が、重大なTPP事前協議の内容が書かれた公式文書であるとされているとは夢にも思っていなかった。しかし内閣官房によれば、まず佐々江氏とマランティス氏の間で①の書簡がやりとりされた後に、日本は「合意内容の概要」という文書を、米国はUSTRのリリースを出した、というのである。
 

 しかし、さらに疑問は深まる。

 日米両国政府の「合意」事項がその書簡であったとしても、私が先のブログで指摘した、その後の両政府の発表内容に大きなギャップがあるという事実は消えない。同じことを合意し、共通の文書もあるというのなら、後に日本政府はUSTRが出したリリースを見て、驚いたはずではないのか。

 この点について内閣官房の担当者は、「結局はこの二つが合意文書であり、USTRが何を言ってるかは日本政府は関知しない」との見解を示した。

 それを聞いてさらに私は仰天した。

 合意を経た後の相手国のリリースについて、それが自国の発表内容と大きく異なっていたとしても「関知しない」というのだ。こんなことがあるだろうか。個人レベルで考えたとしても、「こういう約束をした」と両者が合意した後に、相手がそれと矛盾した内容をもって「私はこの人とこういう約束をした」と対外的に語っていることに気づけば、「いやいや、そういう内容の約束ではなかったでしょう」というはずであるし、いうべきである。ましてやこれは個人レベルの約束などではなく、私たちの暮らしや社会、国家の主権そのものの変容・変質を迫る危険のあるTPPの事前交渉の内容である。「関与しない」どころか、逆に、相手国がちゃんと約束通りの内容を国内的にも発表しているか、鋭く目を光らせてチェックし、少しでも間違ったことを述べているとわかれば、ただちにそのギャップを問題にし、訂正を求めたり再度の協議の場を求めなければならない。しかし日本政府は、あくまで合意文書は先の2つであり、その後のリリースは関知しないと、その責任を放棄しているのだ。

 さてこのような経緯を受けて、私自身の書いた記事について、もし日本政府がいう「合意の公式文書」が上記2点だとすれば、事実関係として若干の訂正が必要になるかもしれない。私は当初、USTRのリリースおよび日本政府の「概要」こそが公式の合意文書であると理解した。したがって、それらを比較し、日本政府が意図的に、佐々江・マランティス書簡から無理な引用をしつぎはぎをしたと批判したからだ。しかし、何が双方にとっての正式な合意文書か、という点については、日本政府の見解をただ信用するわけにはいかない。むしろ真実は何なのか、改めて日米双方に確認をしていく必要がある。

 それ以外の部分については、公式な合意文書がどうあれ、問題の本質はまったく変わっていない。日米双方の見解には大きな隔たりがあり、それ以上に、「相手国の出したリリース内容については関知しない」という日本政府の無責任ぶりが露呈するという結果となった。問題は、ここで生じている両国の認識のギャップが、ただほおっておけばいいという類のものではないということだ。USTRの文面からは、明らかに、米国は日本に数々の要求をしているし、今後も引き続きしてくることになることが伝えられている。「それには関知しない」と今いっている日本政府は、やがて現実的に次々と要求がなされた際に、「我々はそんなことには関知しない」とでもいって済ませるつもりなのだろうか? 残念ながらそれですまされるばずはない。つまり、日本政府がいま述べている見解というのは、国民に対してあまりにも場当たり的な逃げ口上であり、根拠のない説明である。

 もう1点、事前協議をめぐって重大な点がある。日本政府の「事前協議の概要」には、次のようなくだりがある。非関税措置への取り組みに関して、「日米間でTPP交渉と並行して非関税措置に取り組むことを決定」とされている。

 これを見て、「事前協議といっているのに、なぜTPP交渉と並行するのか?そもそもこの合意というのは『事前』なのだからTPP交渉の『前』に終わっているはずなのではないのか?」と思った方は、ごく常識的な感覚を持っていると思う。

 つまり、なぜ、日米の非関税措置についての協議は、TPP交渉という多国間での枠組みと並行しながら延々と続くことになるのか?という問題である。

 ここには米国の意図と、実に巧妙なやり方がある。

 もしTPP交渉自体がもめたりしてうまくまとまらなかった場合、米国にとっては日本から得るものはさほどないということになりかねない。だからこそ、多国間協議であるTPP交渉とはまったく別の二国間協議という枠組みにおいて、「TPP交渉が始まってからも、米国は日本に非関税措置の取り組みを求める」といっているのだ。つまり米国は、TPP交渉で日本から実利を取れなければ、二国間の協議で取ればいいと考え、保険をかけているようなものだ。この二重の縛りは、日本にとっては致命的である。仮にTPP交渉で日本がうまく立ち回って、米国の要求を丸のみしなかったとしても、米国は「それならば二国間協議でやる」と切り替え、日本に同じ内容を迫ってくるだけだ。二国間交渉において日本が上手にかわしていくという確率は、残念ながら大変に低いといわざるを得ない。

 まったく絶望的な気分にもなるが、しかし今回の事前協議の合意発表をめぐっては、日本がまったくといっていいほど勝ち得るものがなかったという点が明らかになった。逆に、米国にあらゆる面で譲歩をしまくり、さらには日米で大きく異なる発表内容についても「何も異議は申しません」という立場をとっていることも明らかになった。すでにこれは一国の政府の体をなしていないのだが、明白なのは、「TPPに入っても日本には何もメリットはない」ということだ。事前協議でこれだけの内容を唯々諾々と米国に渡しておきながら、「本交渉では交渉力を発揮して聖域を守ってルールメイキングをします」といったところで、その言葉は信頼に足るはずがなく、空疎な妄想といっても言い過ぎではない。

 このような事実を一つ一つ提示し、多くの人の目に、耳に、伝えながら、参加表明撤回を求める声をさらに大きくしていかなければならない。
 
 

 

2013年4月15日月曜日

嘘とごまかしの政府発表―TPP日米事前協議内容を検証する


 2013412日、日米両政府はTPPに関する「事前協議」に関する合意文書をそれぞれ発表した。315日の安倍首相のTPP交渉参加表明以降、加速化されてきたといわれるこの事前協議だが、何としてでもTPPに入りたい日本と、その日本の足元をみて「高い入場料を払わせる」と意気込む米国という構図はすでにはっきりとしていた。

 私自身は、事前合意の発表をするという予告を聞いた際、「まさか本当のことを発表するわけがない。なぜなら、もしすべてを発表してしまったら日本がとことん身ぐるみをはがされ、TPP交渉に参加する前に丸裸の状態になることが明るみにでるから」と考えていた。

 そして発表がなされた後、日本政府の発表内容、米国USTRのリリース(英文原文)、そして各種報道を読み比較をしてみたところ、驚くべき事実がわかった。日本政府の合意公開資料は、USTRがリリースしたプレスを都合よくつまみ食いしたものなのだ。しかも、ねつ造ともいえる内容が含まれている。


写真① USTRのプレスリリース本文
 まずUSTRが発表したプレスリリースである。本文(※注1、写真①)と非関税措置に関する付属文書(※注2、写真②)からなる(これらの翻訳は近々公開しますので少しお待ちください)。

 

 
 
 
 
 
 
 
写真② USTRのプレスリリース付属文書(非関税措置)
 



 
 

 
 
 
 
 そして以下が日本政府が発表し、内閣官房のホームページにも掲載されている「日米合意の概要」である。新聞各紙にもこの内容が引用される形で報道されている(注3)。

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日米協議の 合意の概要

平成25412
内閣官房TPP政府対策本部

1 日本が他の交渉参加国とともに、「TPPの輪郭」において示された包括的で高い水準の協定を達成していくことを確認するともに、日米両国が経済成長促進、二国間貿易拡大、及び法の支配を更に強化するため、共に取り組んでいくこととなった。

2.この目的のため、日米間でTPP交渉と並行して非関税措置に取り組むことを決定。
対象分野:保険、透明性/貿易円滑化、投資、規格・基準、衛生植物検疫措置等

3.また米国が長期にわたり懸念を継続して表明してきた自動車分野の貿易に関し、
(1)TPP交渉と並行して自動車貿易に関する交渉を行なうことを決定。対象事項:透明性、流通、基準、環境対応車/新技術搭載車、財政上のインセンティブ等
(2)TPPの市場アクセス交渉を行なう中で、米国の自動車関税がTPP交渉における最も長い段階的な引き下げ期間によって撤廃され、かつ、最大限に後ろ倒しされること、及び、この扱いは米韓FTAにおける米国の自動車関税の取り扱いを実質的に上回るものとなることを確認。

4.日本には一定の農産物、米国には一定の工業製品といった二国間貿易上のセンシティビティが両国にあることを認識しつつ、TPPにおけるルール作り及び市場アクセス交渉において緊密に共に取り組むことで一致

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1.合意文書は米国からの一方的な「通達」

 上記2つの政府が出した文書を読み比べて、まず気づくのはその「トーン」の違いである。USTR側が出した文書は、明らかに米国から日本への「要求」という基調で書かれており、日本がそれにどこまで応じたか、ということに文書の主旨は尽きる。もちろん各政府は自らのプレゼンスを最大に行なうため若干のトーンの違いはあるだろうが、今回の2つの文書は、そのような「微妙な立場の違い」という説明ではすまされないほど強者と弱者の違いは明瞭だ。対等平等な合意文書というには程遠い、いわば「日本が宿題を米国に出し、それを添削してもらった」ようなものだ。

 一方日本政府の発表文書には、もちろんそのようなトーンは消されている。2月の日米共同声明でも同じだったが、あくまで「対等な日米」を演出しようとする意図が読みとれる。


2.項目が十分に反映されていない

 日米での事前協議の内容について、日本政府の発表した「概要」は、明らかに、意図的に国民からの批判を避け都合よく項目が取捨選択されている。

 USTR文書では、具体的な項目として「自動車」「保険」が立てられているのだが、日本政府の概要では、「自動車」の項目はあるが「保険」はない。USTR文書では約9行にもわたり記述されているにもかかわらず、その項目は削除され、保険については「その他の非関税障壁」という中の一つとしてふれられているだけである。

 また例えばさまざまな項目内で、USTR原文ではかなり詳細に記述されているにもかかわらず、意図的な省略が目につく。

 
3.意図的な項目の削除

 USTRがあげた日本に求める非関税措置の項目リストは以下のものだ。
 ・保険
 ・透明性
 ・投資
 ・知的財産権
 ・規格・基準
 ・政府調達
 ・競争政策
 ・急送便
 ・SPS(植物検疫)

 しかし日本政府の「概要」では、「知的財産権」「政府調達」「急送便」が抜け落ちている。
 知的財産権は、TPP交渉でももっとも妥結困難なヘビー・イシューであり、薬価や商標権、著作権など私たちの暮らしに大きくかかわる分野である。
 「政府調達」については、TPPに入れば例えば公共事業などの入札に外国企業も参入できることになり、これも地域経済や中小企業にとって大きな影響がある。さらに「急送便」は日本郵政の国際急送便事業と対等な競争条件を外国企業が確保できることが求められている。
 そもそも、非関税措置問題というのは、農産品などの関税品目とは異なり、幅広い分野・品目、サービス、規制が対象となる。TPPの怖さというのはむしろこの非関税措置がどれだけ「開放」させられるのか、という問題に尽きるといってもいい。私たちも事前協議において、牛肉や自動車、保険といったあらかじめ危険視されてきた品目以上に、どれだけ多くの非関税障壁が米国から「問題」とされるのか、強い関心をもって注視してきた。

 それだけ重要な内容であるのだから、1項目でも落とすことは、国民に対する嘘であり許されることではない。にもかかわらず、日本政府は先の3つの項目を意図的に削除したとしか考えられない。おそらくさらなる事前協議で妥協しなければいけない内容を少しでも少なく見積もりたかったのだろうが、USTRのリリースと比べれば一目瞭然である。姑息な手段というしかない。

 そしてUSTR文書の最後には、このような1行がある。

「両国の合意があれば、これら問題以外にも付け加えることができる」。

 もちろん、日米が対等に「合意」などできるわけがないので、これは米国側からの「脅し」である。「これだけで済むとは思うなよ」と、最後に念押しまでされているのだ。そして、当たり前だが日本政府発表では、このような「可能性」は一切ふれられていない。

 

4.「日本の農産物への配慮」など合意文書には一言もない

 最大の問題は、日本政府発表の「4.日本には一定の農産物、米国には一定の工業製品といった二国間貿易上のセンシティビティが両国にあることを認識しつつ、TPPにおけるルール作り及び市場アクセス交渉において緊密に共に取り組むことで一致」とある点だ。私はUSTR原文とこの概要をつきあわせ、大変に驚いた。原文には、このような内容が書かれた部分は1行たりとも存在しないからだ。

 むしろ、原文では、「高い基準を満たすための日本の準備」という項目のもと、「二国間協議を通じて、米国は、①日本がTPP交渉に参加するならば、現在の11ヶ国によって交渉されている高水準の協定を実現すべく準備すること、②これに対し日本は2月22日の共同声明においても、すべての物品を交渉の対象にすること、他の交渉参加国と共に、高水準で包括的な協定を実現することを日本は明確にした」と書かれている。要するに「TPP交渉はすべての物品が対象である」と断言されているのである。

 これらの下りもすべて、日本政府の概要からは丸ごと削除されており、その代わりに、「日本の農産物などのセンシティビティがあることを認識しつつ」などという真逆なことが書かれているのである。

 結論からいえば、こうした行為は文書の「ねつ造」という。

 しかしいろいろと周辺を調べると、こういう仕掛けであることがわかった。

 USTRのプレス文書の中に、補足資料として、駐米日本国大使・佐々江賢一郎氏とUSTRのマランティス代表代行の間で送り交わされた書簡が1通ずつ存在する(注4)。マランティスから佐々江宛てに返された書簡の最後のパラグラフに、このように記述されている。

「日本と米国は,日本には一定の農産品、米国には一定の工業製品というように、両国ともに二国間貿易上のセンシティビティが存在することを認識しつつ、TPPにおけるルール作り及び市場アクセス交渉において共に緊密に取り組んでいくことを楽しみにしています」。

  つまり、マランティスからのこの言葉を、「日米事前協議内容」に無理やりにつぎはぎし、日本国内で議論となっている「聖域」問題をごまかそうとしたのである。

  一般通念上、「合意文書」として正式にプレスリリースされた本文を適切に訳さず、付属の文書から都合よい部分だけを引用し、それを本文の「概要」とすることは、当たり前だが「改ざん」「ねつ造」である。一つ一つの文言はあっていたとしても、文脈は壊され、意図も不明瞭になる。そもそもマランティスの書いた最後の文面は、限りなく「リップサービス」に近いニュアンスであるし、仮にセンシティビティが存在することがわかっていても、本文において「すべてを関税ゼロにする」と明記されているのである。

 この部分をわざと削除し、代わりにマランティス発言をつぎはぎした日本政府の罪は重い。まさに急ごしらえの条件交渉を譲歩しまくった結果、あまりに多くの「敗退」の連続であり、何とかそのボロを隠ぺいすべくあわてて文書をつぎはぎしたに違いない。 

 さすがにこのことはマスメディアも問題視しており、413日付の朝日新聞でも、「米国の本音は米政府が12日に発表した合意文書にあらわれている。日本政府が発表した合意文書と大きく違う内容なのだ。自動車や保険などで日本が譲歩したことはくわしく書かれている。だが、日本の農産物に配慮することについては一切ふれられていない」と記載されている。さらに同紙では、マランティスやUSTR側の意向として「すべての品目で関税ゼロをめざす」というコメントも合わせて掲載しているのだ。

  まさにこれが、米国の本音であり、事前協議の本質である。

 それを知っておきながら、国民を欺こうとする、ここまで愚かな政府を持ったことに、怒りを通り越してあきれ果てるが、しかし、徹底的にこの「嘘とまやかし」を糾弾していかなければならない。

 私は、政府に対して、ここに記述した内容について公開質問状などを提出したいと思っている。多くの方々の参加を求めるようなしかけも工夫したいと思うので、その際にはぜひご協力をお願いしたいと思います。
 
★注2: